◆鍼灸マッサージ師のゴールは個人開業？
ここで、従来、一般的な鍼灸マッサージ師のキャリ
アアップについておおまかに整理しておきましょう。
あらかじめお断りしておきますが、私が現状のキャリ
アアップを評価しているわけではありません。皆さん
に個人開業というゴールがなぜ神話であるのかを理解
していただきやすくするために敢えて記すものです。

鍼灸マッサージの専門学校を卒業した学生は、鍼灸
マッサージ師の資格をとり、接骨院や整形外科など周
辺業界で働き始めます。学校でも個人開業がゴールで
あると教えられてきました。そのため、「臨床を積む
ことが個人開業のためのノウハウ蓄積になる」という
自分自身の考え方、そして自分が働こうとする施設の
オーナーである柔道整復師や整形外科医のアドバイス
によって、それを自然に受け入れます。ある年数、そ
こで過ごした鍼灸マッサージ師はいよいよ独立し、個
人開業を始めます。ついにゴールにたどり着いた、と
思うのは早計です。開業していきなりお客がたくさん
来るわけではありません。

よく鍼灸マッサージの世界では「操んでいれば食べ
られる」というまことしやかな言葉がささやかれてい
ますが、開業して成功する人はそれほど多くありませ
ん。

私の專門学校当時の同級生は31人いたのですが、そ
の中で開業して成功したと言えるのは、私も含めて3
人。成功したとは言えないけれど、なんとか鍼灸マッ
サージによって生活できている人が数人です。後のほ
とんどの方が廃業ないしは廃業同然と言っても過言で
はないでしょう。私たちは「とてもレベルの高い学年」
と言われていたので、一般には成功の確率はもっと低
いことになります。

開業はしたけれども、失敗したり、生活が成り立た
ない現実に直面した鍼灸マッサージ師は、もう一度、
｢三療師は、今こそ、リハビリを始めよう」
柔道整復師や整形外科の下に舞い戻り、従業員として
働きます。あるいは、労働条件はよくないのですが、
治療より慰安の意味合いの強い、サウナや温泉場での
マッサージなどに従事したりするでしょう。そこでの
収入は開業するより高いのですが、治療者としてのプ
ライドはもはや維持できません。

それでもこういった人たちは再起、つまりもう一度
個人開業のチャンスをうかがっているのがだいたいの
ケースです。個人開業神話の暗示にかかっている彼ら
は、一度手痛い目にあっているのにもかかわらず、開
業の現実の厳しさを客観的に判断することができず、
再び「個人開業」をゴールと考えてしまうのです。そ
れほどこの世界にまん延している「個人開業」の神話
は強固なものなのです。

私自身は、学校を卒業してすぐ開業し、運良く成功
をおさめることができたのですが、その当時も状況は
今と同じで「鍼灸マッサージの世界での成功は個人開
業」というステレオタイプな情報しかなく、それを信
じてスタートしました。しかし、その考え方は間違い
であることに気づきました。成功したとはいえ、患者
に寝る間も惜しんで施術を行っている日々の中で、自
らのキャリアアップや将来を考えるにつけ、このまま
ではいけないという気持ちが大きくなってきたので
す。そして会社設立に至ったのです。
「人間の人気っていうものがあるんだよ」

その当時、親しかった獣医さんが私にこう言いまし
た。なるほど、この言葉を考えていろいろな業種を見
てみると、どんなに繁盛しているお店でも人気のピー
クは3年ほどだということがわかりました。鍼灸マッ
サージとて、例外ではないでしょう。私の人気はその
時ピークにあり、それがいつまでも続かないこと、続
けられないことをこの言葉で悟りました。それで次の
ステップを目指したわけです。個人開業の神話に縛ら
れて、あのまま個人開業を続けていたら……と思うと
私は今でも背筋が寒くなります。

個人開業ではない新たなキャリアアップのための選
択肢がこの世界には必要なのです。